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◆不定期日記ログ◆

■2026-09-30
九月録フリュクティドール
 「神の存在は信じているが、神の行動は信用していない」という人は無神論者なのだろうか?

PIPI
ピピチャン!(反神論者、という言葉があるらしいぞ。)
 なるほどね、善なる神が全知全能であられるなら、この世から争いや苦しみはなくなっているはず、というコトだな。全知全能でない神が複数出てくる神話のほうが面白いしな。

 では9月に遊んだもの、観たものの記録だよ。

■スーパーバニーマン

 ワイフが見つけてきたバカゲー。ローカルマルチプレイでゲラゲラ笑えるゲームなんてなんぼあってもいいですからね。
 ただニンテンドーストアで検索するとき「バニー」まで入力すると、バニーガーデンが引っかかってくるので間違えないように注意が必要だ。
#nintendoswitch
Super Bunny Man
 このゲームのキモは操作の不自由さと、それが生み出す混沌である。
 スティックで移動、ボタンでジャンプと言えば簡単に見えるが、その実態としては、スティックでは体を回転させて転がるのみ、ジャンプは力強いキックのベクトルを発生させるのみで、あとは物理エンジンの挙動にすべてお任せとなる。
 あらぬ方向に飛んでいく。2Pを蹴っ飛ばしてしまう。その結果針に刺さってしぬなどのカオスが容赦なくプレイヤーの腹筋を刺激してくる。針についてはちょっとだけなら耐えることもあり、さらに笑いを誘う。
 メインのステージクリア型のモードが、2人までしか参加できないのは残念なところ。そして2人でやってもどっちか死ぬと終わりで、クリア率が乗算で減少するだけであり、後半はキツい。生存者のほうに復活する仕組みがあったらもうちょっとマルチプレイのしがいもあったんだけど……。

■ロマンシング サガ 3 デスティニーユナイテッド発表

 ミンサガ、リベサガに続いてデスサガの発表。略称それでいいんだ。
 奇をてらうことなくリベサガの書式でそのままロマサガ3をやろうという方向性、サガらしくはないが安心感はある。
 ロマサガ3は「音楽:伊藤賢治」がブランドとして確立したうえで作られたゲームという印象があり、BGMのアレンジにも期待している。オーケストラにすべきかロックにすべきか迷っている様子が「バトル1」からすでに漂っていて、かなり困難な仕事であろうことが見て取れる。
 そしてイベントフルボイス化により、「きょ・う・じゅのテーマ」の7か国語翻訳で担当者が死にかけているだろう。驚天動地の五里霧中。我田引水自画自賛。どうしろというのだ。

■題名のない音楽会

 「すぎやまこういちが指揮するドラゴンクエストの音楽会」が放送された。
 モチーフとなる短いメロディを積み重ねて曲を作るという話で、何度も同じ曲を流して刷り込めるゲーム音楽においてはコレが非常に有効に働くことを再確認した。[実例]
 もう亡くなって5年が経つのだな。損失が大きい。この日本に「ゲーム音楽の作曲家の名前を挙げて」と言われてすぎやまこういち先生以外の名前を挙げられる人はどのくらいいるのだろうか。「植松イトケン光田古代下村ァ!」などと即答する我々は奇特なのではないか。家族と話をしているだろうか。

■魔法少女まどか☆マギカ

 映画の話ではない。なんと日曜のすべてを費やして、TV版全12話をぶっ続けで観てしまった。2011年の放送、2012年の映画で2回観ている物語に対して、このようなイッキ観ができるのは、そうとうシナリオぢからの強い作品であると言えるだろう。

 俺はこの2011年から今までニチアサを摂取し続けており、それゆえこの作品が描こうとしたヒーロー性についての理解が当時よりも深まったことを感じた。全てを救って最後に世界を去る仮面ライダーを何人か観てきたし、なんなら同じ脚本家のライダーもそうだった。本作では上位存在に成ることで、問題の解決だけでなく「わたしの最高の友達」を理解できるという意義もあり美しい。
 娘氏は「誰かが死ぬって誰かが言ってた」という極めて曖昧なネタバレ知識を持ってこの作品に挑んだが、これがプリキュアのガワを被った仮面ライダーであることは容易に理解できたようだ。

 仮面ライダーとしての視点が加わると、美樹さやかは本当に惜しいやつだったということがわかる。
 「大切な人を治したい」という動機は周りが言うほどヒーロー性を損なうものではないし、殴り合うことでわかり合えた2号ライダーもいる。
 守る価値もないこの世界を、それでも守るという覚悟があればあの状況から生還して最強フォームに変身できたはず。残念ながら美樹さやかは1号ライダーではないのでかなわぬ話だが。

■天幕のジャードゥーガル

 すごい美術だった。2期を期待したいが、EDアニメをアナログ水彩でやるくらい美術にこだわっている作品なので、やるとしても時間がかかるだろう。
 知恵があって頭の回転が速いキャラクターの復讐譚なのに、本人の性格がまったく復讐に向いていないためたびたびガバるという展開は珍しく、モンゴル文化もあいまって新鮮な気持ちで観ることができた。
 オゴタイ・カアンが皇帝として魅力的な人物として描かれているのもあり、本人も復讐に意味があるのか迷ってしまうんだけど、毎回「思い出がまだ煌めいている わたしは此処では笑えない」って言ってるのでそういうことなんだろう。
 ファーティマ・ハトゥンも歴史上、魔女として最期を迎えた魔法少女だったのかもしれない。アルティメットまどか神は彼女も救ってくれたんだろうか。

■地面師たち

 去年話題になった『地面師たち』を観た。え!? 話題になったのは一昨年!? ウソだろオイ、絶対去年の話題だったよこれ。エッ……たしかに2024年の流行語大賞に「もうええでしょう」がある……なにこれ??
 その程度の解像度なので観るつもりはなかったんだけど、ワイフの勧めと「実は1時間弱×7話しかない」という情報が決め手となり、観た。

 『地面師たち』は不動産詐欺を描いたクライムサスペンスであり、主人公側の詐欺グループはもちろん、詐欺被害者もみんなわりとクズ寄りなので、「速やかに綾野剛以外の人は破滅してくれ~~」という気持ちで観ることができる。
 しかしこれ、元ネタになった実在の事件の段階で凄まじく手が込んでいてドラマ性があるのに、そこに「殺人でエクスタシーを得る変態」が追加されて成立してるの、いったいどういうことなんだ。電話一本で「死」をお届けできる奴が詐欺なんかやってんじゃないよ。これを成立させて緊張感を持たせるトヨエツの演技が凄いという話ではある。
 大事なのは後ろ暗いコンプラ違反とかをせずに生きていきましょうねということと、社内で煽りあってると外から刺されますよということですかね……。このレベルの役者から振り込め詐欺を食らったら誰も抵抗できないだろうな。そういう気持ちで生きていきましょう。

■プレバト 才能アリ展

 『プレバト!!』の芸能人が作った芸術品が清水にやってきたので、観に行った。最近わりと観ているのだ。
 俳句の夏井いつき先生の講演もあったらしいんだけど、そちらは存在を知ったときにはすでにSold Outであった。すごい人気だ。
 やはり俳句が頭抜けて面白い。芸能人にしか詠めない句というのは確かにあり、「これはドラマ撮影中のことかな」「これは楽屋の話だな」というイメージが想起される。できればどのような添削を食らったかも展示してほしかった。それはもう夏井先生の個展になっちまうか。

■ニチアサ百景

 プリキュアはキュアアルカナ贖罪の月であった。これまでも敵組織から光上がりしてきた先輩方はいるが、自分の気持ちにも過去の被害者の気持ちにも整理をつけ、あまつさえ敵幹部から卒業と訣別のイベントを起こされるなど、異様に丁寧な贖罪パートが繰り広げられた。
 どうせ販促期間なのだから丁寧にやろうというコトなのだろう。しかし合体技の主導役までキュアアルカナなのはどうなんだ? 主人公2人、いらなくなっちゃうじゃん? ここからの巻き返しに期待したい。

 『仮面ライダーマイス』は久しぶりの多人数ライダーで心が躍る。
 十二支同盟のライダーたちは「変身」はしない。「形質転換(メタモルフォシス)」する。十二支同盟が活動していた大正時代には、「変身」は仏教用語だったのではないかと思って調べたが、明治の後期には欧州の童話の翻訳などで「変身」という語彙はあったようだ。
 ゼッツのCODEの人たちが「変身」でなく「擬装」していた意味は結局わからなかった。今回はバックルの機構を使わずに「変身」するマイスはやべー奴だというリアクションが早めに出てきたので助かる。オタクは疑似ライダーの疑似性について人一倍敏感であった。

 『オメガホーン』は本当に安心して観ていられる。
 キャプテン・オメガホーンの英雄譚と、失踪したギャバンインフィニティの謎という2つの柱があり、それを平行していくためかキャプテン側のお話はシンプルかつ明快。誰も通ったことのない道を行くならクルマは安全運転するべきということなのだろう。手堅さを感じる。現状「どう見てもオープニングの映像がエンディングで流れている」くらいしか疑問点がない。
 いよいよギャバンインフィニティの乱入も近いようだ。PROJECT R.E.D.の真価をリアルタイムで味わいたい。